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東京地方裁判所 昭和31年(レ)25号 判決 1958年12月03日

控訴人 田中七郎

右代理人弁護士 神道寛次

被控訴人 杉田弥之助

右代理人弁護士 柿沢武夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、被控訴人が、控訴人に対し昭和三年一月一〇日その所有する東京都台東区浅草公園第六区一一番地所在、家屋番号同公園五七、木造トタン葺二階建店舗一棟、建坪八合五勺二階一〇坪七合六勺(以下本件家屋と云う)を、賃料一ヵ月金九〇円毎月末日払、期間昭和八年一月九日までの約定にて賃貸し、右期間経過後も引き続き期間の定めなく賃貸借契約を継続し、昭和三〇年五月当時の賃料が一ヵ月金一、八〇〇円であつたこと並びに被控訴人が控訴人に対し昭和二九年一月一日付で本件賃貸借契約解約の申入をしその申入が翌二日控訴人に到達したことは、当事者間に争がない。

二、被控訴人は、右解約申入の理由として「本件家屋は昭和二年中に建築せられたものなるところ、その後約二七、八年間にわたり一回の修理も加えなかつたため家屋の主要部分が朽廃し、最早建物としての命数も尽きたと認められるので、これをとりこわして建物を新築する必要があるためである」と主張するので、以下この点について判断する。

原審における検証の結果、証人杉田武厚の証言及び被控訴人本人尋問の結果並びに当審での検証及び鑑定人川口長助の鑑定の結果、証人杉田武厚の証言を綜合すると次の事実を認めることができる。すなわち、本件家屋は、その三方を著しく接近した隣家に囲まれて通風及び陽当りがわるく、そのうえ昭和二年末頃建築せられて以来今日まで約三〇年間の間殆んど修理らしい修理もしたことがないため、その土台、柱、内外壁などの建築要部に腐蝕、破損、汚染等の部分多く、建物自体及びその内部の各所が傾斜し、いま本件家屋を修理しようとすると、先ず人が居住したままでは相当困難なことであるのみならず、その所要費用として結局これを新築すると同じ程度の出資を要するものと認められるのである。

右の認定に反する当審証人星政吉及び葛西直太郎の各証言はいずれも本件家屋についての充分な調査を経ることなく多分に主観的な自己の考を述べているとみられる面が多く採用に値しないし、また、乙第四号証の記載は右のような証人星政吉の意見に基く見積を記載したものにすぎず、他に右の認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上認定の事実によれば、本件家屋の命数は最早尽きようとするところであり、且人の現住すると否とを問わず、本件家屋の現状を利用してする修理ないし改築は最早不可能なることといわざるを得ないのである。しからば、被控訴人が控訴人に対し、本件家屋をとりこわしてその跡に建物を新築するために申し入れた本件解約の意思表示は一応理由のあるものといわなければならない。

四、控訴人は、「本件家屋の状況が今日のようになつたのは専ら被控訴人が賃貸人としての修繕義務に違反して一回の修理をも加えなかつたためであり、しかも被控訴人は僅かな資金で本件家屋を建築しながらこれを控訴人に賃貸するに当り建築費以上の多額の造作権利金を提供せしめ且つ多年にわたつて多額の家賃を得ておきながらこのような結果を招来せしめているのに反し、控訴人は賃借人としての義務を忠実に果してきているのであつて、今控訴人に対し家屋の朽廃による建物新築の必要を理由に右家屋の明渡を請求することは、解約申入の正当な事由を欠くものである。」と主張する。なるほど、上記認定の事実によれば、被控訴人は控訴人に本件家屋を賃貸後今日まで殆んど修理らしい修理は一回もしたことのないことが認められるけれども、しかし、成立に争のない甲第二号証、当審証人葛西直太郎の証言及び原審での被控訴人、控訴人各本人尋問の結果に本件口頭弁論の全趣旨をあわせれば、被控訴人が右のように修理をしなかつたのは、被控訴人は本件賃貸に当り控訴人に対して本件家屋の畳、戸障子など附属の造作を金三、八〇〇円にて売却しているため家主として別段手出をする必要もないと思つていたこと及び、借主たる控訴人より修繕を要する旨の通知を一回も受けていなかつたことによるものであり、控訴人自身において家主に通知することなく本件家屋につき多少の保存行為をしたことはあるが、その家屋の要部の腐朽の状態を現認しながらあえて被控訴人に通知して修繕をうながす等の措置に出ず、おおむねこれを放任していた事実も認められるのであるから、本件家屋が現在のような状態になつたのは、ひとえに家主たる被控訴人の責任とのみいうことを得ず、むしろその責任の一斑は賃借人として賃借家屋をよき状態に保つため善良な管理者の注意義務を充分果さなかつた控訴人の側にもあるものと認められるのであり、そのうえ、そもそも本件解約申入の当時その事情のいかんを問わずすでに賃貸借の目的物は朽廃に頻していて賃貸借そのものが自働的に終了しようとしていたものとみられないこともないような状況にあつたことを併せ考えれば、結局、被控訴人の控訴人に対する本件解約の申入が正当の事由を欠いた無効のものということはできないのである。なお、控訴人は、被控訴人が控訴人から建築費を上廻る造作権利金を取得したことないしは多年にわたつて多額の家賃を得ていたことも正当事由を欠く理由として主張しているが、これらはいずれも右の判断を何等左右するものではない。

五、しからば、被控訴人が控訴人に対してした本件解約の申入は正当の事由のある有効なものであるから、本件賃貸借契約は、借家法の規定に従い、右申入の到達した日たる昭和二九年一一月二日より六月を経過した昭和三〇年五月二日の経過をもつて適法に解約せられたものというべく、したがつて、被控訴人の本訴請求中、被控訴人の控訴人に対する本件家屋の明渡並びに右解約の翌日たる昭和三〇年五月三日から右明渡ずみに至るまで一ヵ月金一、八〇〇円の割合による賃料相当額の遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容すべく、これと同旨の原判決は相当であるから本件控訴は理由がないものとしてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤完爾 裁判官 浅沼武 小谷卓男)

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